ぽんぽこ

サヴァランとぽんぽこ

まだ「スウィーツ」が「洋菓子」で、お誕生日会とクリスマスのケーキが待ちきれなかった頃の、忘れられないお菓子が2つあります。

小学生の私が通っていた音楽学校のクラスにいた女の子。すらっと背が高くて、いつもお洒落で、美しい声で歌い、話す彼女。とても目立つ存在なのに、控えめで、一人ぼっちでも堂々としていて、同級生にはいないタイプの彼女は、まるでキラキラした少女マンガから抜け出した主人公みたいで、遠く憧れる存在でした。そんな彼女とひょんなことで仲良くなって、家におよばれしたときのことは今も印象的な夢の中の出来事のように鮮明に思い出せます。

リカちゃんママみたいなやさしいお母さんと大きな白い犬。ビロードのカーテンにゴブランのクッション。ふかふかのソファに漆黒のグランドピアノ。ほとんど忘我の境地だった私の目の前に運ばれてきたお菓子。これが「サヴァラン」との最初の出会いでした。

そして真っ白なホイップクリームといちごと桃で飾られた王冠のようなお菓子に釘付けになったのです。このお菓子を捧げられた美食家の名前も、後に大好きになる女性のエッセイの名前も、まだ知るはずのない私には、サヴァランという名前が、不思議な呪文のように感じられて、あっという間にこのお菓子のとりこになりました。それからの出来事をあまり覚えていないのは、サヴァランに浸されたラム酒のせいなのか、本当に魔法にかかってしまったのかどうかはわかりません。憧れの彼女はそのすぐ後に、突然引っ越していってしまいました。私は彼女の思い出とサヴァランを重ね合わせて、洋菓子屋さんに行くとはサヴァランを買ってとねだっていました。

それからしばらくして、私のお誕生日会の日がやってきました。母にケーキはサヴァランにしてね、とあんなにしつこく言っておいたにも関わらず、テーブルの上にあったのはタヌキの形をしたケーキでした。友達のみんなには「うわーまりちゃんにそっくりだね」と大ウケ。はじめはふくれていた私も、そのユーモラスなタヌキの前では思わずニヤニヤしてしまい、そのチョコレートのコーティングでできたタヌキを食べてしまうのは惜しいなあとも思ったのでした。

そのユーモラスなタヌキには、15年くらい経ってから再会することになります。大須の洋菓子喫茶にいたそのケーキには「ぽんぽこ」という名前がつけてありました。まだ背伸びをしていた頃のお誕生日会の私を思い出し笑いをしながら、行くたびに注文していました。ところが、その喫茶店は改装してしまい、ぽんぽこは消えてしまいました。いまならユーモラスなこのタヌキと友達になれたのにね。

憧れの彼女のサヴァラン、そして自分にそっくりと笑われたぽんぽこ。背伸びした私と等身大の私のお菓子が、私の中で、あのときの彼女と私のように、今も仲良く幸せそうに手をつないでいます。あれからいろいろなお菓子に会ったけど、時折思い出の背中を追いかけたくなるような衝動に駆られるお菓子はあの2つくらいかもしれないなと思いながら、ブリア・サヴァランのこんな言葉を思い出します。

「新しい星を発見するよりも、新しい料理を発見するほうが人間を幸せにするものだ」

(「なごやに暮らすvol13」2006年掲載)

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